墓場でデート

幽霊話日月抄

一夜目 桜の木の下で (四)

 舞と再会してから、卓巳の心の中で心霊物理学の残り火がくすぶり始めている。
 研究のための経費と時間がたっぷり使える大学准教授の立場と、一高校教師とでは環境が違いすぎる。おまけに大学の経費で作った機器類や買い集めた物品的資料は、クビになった時点で大学側に全て返上させられた。研究の継続を諦める気持ちになったとしても仕方のないことだ。
 けれども、ここへきて研究への欲求がむくむくと頭をもたげてくるのは、舞のおかげで三年前の体験が鮮明に蘇ってきた事と、舞さえいれば検証ができるという思いが、たとえそうする気がなかったとしても頭から離れなくなってしまったからだ。
 だから、つい、成海大学の中庭へひとりでに足が向いてしまった。
 建物の縁の段差に腰をかけて、少し離れた所から桜を眺めながら暗くなるのを待った。
 夜はすぐに来た。今日は月が出ていて桜の木を照らしている。月明かりのせいか、桜の花は余計に赤っぽく見えた。
 しばらくじっと眺めていたが、やはり木の下に何かが現れる気配は全く無い。
「何もいないか・・・」
「いますよ」
 真横から女の声がして卓巳はびくりとなり、声の方を見て更にびくりとした。幽霊のような風貌の少女がいつの間にか横に座ってこちらを見ている。もちろん舞だ。
「な、なんでこんな所にいるんだ」
 卓巳は動揺を隠せなかった。いる筈のない人が誰もいなかった筈の隣に座っている。本当に舞は幽霊なんじゃないかと疑いたくなる。それとも超能力者か。
「夕方、姉から先生が中庭へ向かっているのを見たって電話があったんです。それで、なんとなくこういう事かなって思って来てみました」
 幽霊の正体見たり枯れ尾花とはこの事か。いや、舞を幽霊に例えるのはあんまりかと卓巳は反省した。
「わざわざ来ることないのに」
「わたしの好奇心です。気にしないでください」
「そうなのか?」
「それより、ご覧になります?」
 舞は桜の木の方へ目を向けた。
「ああ」
 もう舞には見えている。ここで断る意味はない。
 舞が卓巳の腕をそっと掴んだ。すると桜の木の下に女が現れた。三年前に恐怖体験をしているとはいえ、日常では目に触れる事のない光景を目の当たりにしている。卓巳はすぐには言葉が出ない。
「若いですね。ここの学生だったんでしょうか」
「・・・・・・」
「邪悪な感じはありませんが、深い悲しみが伝わってきます。いかがですか、先生」
「あ、ああ」
 卓巳はそう返事をするのがやっとだった。正直、怖い。この異常な状況を淡々と解説する舞が、本当に異世界の住人に思えてくる。けれども科学者の好奇心は恐怖に勝る。
「彼女と話とかできないかな」
 舞が驚いたように卓巳を見た。卓巳は小刻みに震えていて、恐怖している事は舞にも伝わっていた。卓巳も今更それを隠す気などなかった。それなのに裏腹な事を言いだす卓巳が、舞には不思議なのだろう。それこそ科学者を異世界の住人のように思ったかもしれない。
 舞は静かに答えた。
「できますが、やめたほうがいいです」
「それは一般論?それとも彼女に関してかな」
「彼女に関してです」
「どうして?」
「彼女の悲しみは、そうとう深いです。命を失った悲しみが深ければ深いほど、生者に対する羨望や恨みが強いという事です」
 そして舞は卓巳の方へ顔を向けるとやや強めに言った。
「危険です」
 しばらく舞の顔をじっと見ていた卓巳は、溜息をついてから少し笑うと言った。
「じゃあ、やめておこう」
 卓巳自身にそういった事を察知できる不思議な力は無いのだが、舞の言う事には素直に従ったほうがいい気がした。それに舞の言葉には説得力がある。
「でも、ひとつだけ確認したいんだけど、いいかな」
「なんでしょうか」
「彼女の体は桜の木の下にあるのかな」
「・・・彼女が、なぜ桜の木に執着しているのかわかりませんが、あの深い悲しみは若くして唐突に生を断たれてしまったからです。そんな事があったのかもしれませんね」
 そんな事とはもちろん殺人事件だ。それ以外に木の下に死体が埋まる状況は想像しにくい。
 舞に確証を貰ったわけではないのだが、卓巳は休みの日の昼間に来て桜の木の下を掘ってみる気になっていた。




テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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