翌日の一年生のオリエンテーションの中に部活動紹介の時間があり、各部、同好会、愛好会の代表生徒が体育館の壇上で順番にPRをすることになっていた。時間があったので、沙織たちがどんなPRをするのか気になって、卓巳は覗きにいった。
沙織と裕香のPRは最悪だった。
「わが心霊研究会は最高に楽しいです。ね」
マイクを握った沙織が言うと、裕香が気の抜けるような声で答える。
「はぁーい」
「わが心霊研究会は他の部活と掛け持ちOKです。ね」
「はぁーい」
「そして何より、わが心霊研究会の顧問がじつにいい。ね」
「はぁーい」
「これです!」
沙織たちの後方にある大きなスクリーンに、プロジェクターで引き伸ばされた卓巳の顔がでかでかと映し出された。卓巳の時間が物理法則を完全に無視した形で止まった。
沙織たちは卓巳が来ていることに気付きもせず、続けた。
「どうだい。かぁっこいいでしょー。ね」
「はぁーい」
「平原卓巳。物理教師。三十二歳、独身。身長172センチ。彼女なし。いや、ホント。ぜったい保証付き。狙い目でしょ。ね」
「はぁーい」
「性格はちょっと暗いけど、そこがまたいいんだわー。大人って感じで。ね」
「はぁーい」
「興味のある人は心霊研究会へおいで。ね」
「はぁーい」
(な、何に興味がある人だって?)
卓巳は頭を抱えながら体育館を後にした。
あんなPRで入会希望者が来るのか怪しいものだが、ひとまずその日の放課後に入会希望者が現れることはなかった。その代わり、昨日の女生徒が訪ねてきた。沙織たちは相変わらず勧誘活動で出払っている。
「先生、心霊研究会なんてやっていたんですね」
「やってたって言ったって、ただの顧問だよ」
「やっぱり心霊物理学の研究を続けているんですか?」
「そういうんじゃないよ。生徒達の遊びに付き合ってるだけさ」
「そうですか」
表情はわからないが、心なしか女生徒の声が寂しげに聞こえる。
「君、名前は?」
そういえば知らなかったと思って卓巳は訊いた。
「小日向舞です」
「オビナタ・・・?」
小日向舞は指で空中に漢字を書きながら説明した。
「小さい日の向かうでオビナタです。長野にはよくある名前です」
「ふうん」
そこへ沙織と裕香が帰ってきた。
「おっ、誰?その子」
沙織がめざとく近寄ってきた。
「ちょっとした知り合いだ。今年、うちの高校へ入学してきた」
「へー、一年生なんだ。だったら心霊研究会に入会しない?あなた、絶対うちむきよ」
しまったと卓巳は思った。この場に沙織たちが帰ってくれば、舞を勧誘するだろう事は容易に想像できた。もちろん舞が入会してくれれば、心霊研究会は盛り上がるに違いない。けれども・・・。
「慌てるなよ。まだ入学したばっかりなんだから、この子だって他の部活を見学したりしてゆっくり考えたいだろ」
沙織は見る見る膨れた。
「なに言ってんのよ、この裏切り者」
「う、裏切り者?」
「そうよ。あたしたちが必死に勧誘してるの知ってるくせに、なによ、その言い草。顧問だったら協力するのが普通でしょ」
「何もそんなに焦らなくったって」
「焦らなくてどうするのよ。掛け持ちOKって言ったって、他の部に先に入っちゃった人がうちに入会する可能性は極端に低いのよ」
裕香が補足する。
「そうねえ。他の部に入っちゃうと、そっちが忙しくてわざわざ兼部しようとは思わないもんねえ」
「そうよ。あとでゆっくり考えられるからとりあえず入会しなよっていうのが、うちの誘い文句なんだから」
卓巳は呆れた。
「それで兼部して全然出てこないんじゃ、意味ないだろ」
「出てくるわよ。ビッグイベントの時には特に」
「ビッグイベントは、なんか知らんが会員以外でも参加できるようにしてるじゃないか。籍だけ置いてる意味ないだろ」
「あるわよ。生徒会に6月には在籍者報告しなくちゃなんないの。その時点で正会員が8人いなけりゃ愛好会に格下げよ。3人は入ってもらわなきゃ」
じゃあ現時点では5人いるのか、と卓巳はあらためて確認した。
「だけど実質が伴ってなけりゃ仕方ないだろ、愛好会でも」
沙織の顔が鬼のようになった。
「先生なんて、大っきらい!もしそんな事になったら、先生が予算出してよね!帰るわよ、裕香」
沙織は自分のカバンをひっつかむと、さっさと物理準備室を出ていった。
「いやはや」
裕香が慌てて追いかけた。
部屋の中が静かになった。
「いいんですか?」
舞が前髪の隙間から心配そうな目を向けている。
「なにが?」
「だって、大っきらいって」
「ああ。明日になったらケロッとしてるよ、あいつは」
舞は沙織たちの出ていったドアのほうを振り向き、少ししてから卓巳の方へ目を戻した。
「でも、さっきのは先生が悪いです」
卓巳は少しびっくりした。さっきの沙織とのやりとりについて、まさか舞から意見が出るとは思いもしなかった。
「どうして?間違った事は言ってないつもりだけど」
「はい。先生は正しいです」
「?」
「あの場合、正しい事を言ってはだめです。あの人は実質が伴ってない事なんて、ちゃんとわかってます。わかった上で格下げにならないようにがんばっているんです」
「わずかな予算のためにか?」
「予算は二の次です。好きで実質が伴ってないわけじゃない。ほんとは実質を伴わせたいんです。あの人、会長ですよね」
「ああ」
沙織はまだ二年生だが、一学年上の会員がいなかったために一年の冬休みから会長を、裕香が副会長を引き継いでいる。
「引き継いだ責任があるから、自分の代で格下げになんてしたくないんです。そして何よりも、この同好会を愛しているんです。掛け持ちでもいいよと言いながら、ほんとは掛け持ちなんてしない同好の士を求めて、がんばって勧誘しているんです」
面白い子だと卓巳は思った。まるで沙織本人に聞いたような口振りだ。霊能者にはそんな能力もあるのだろうか。
舞は続けた。
「それなのに自分がいちばん信頼している先生から、たとえ本当の事でもあんな言い方されたら悲しいですよ」
三年前にも同じような感じを受けたが、舞は利発そうだし、高校一年のわりに大人だ。卓巳は自分がひどく子供に思えた。
「君の言うとおりだな。彼女には謝っておくよ」
「それがいいと思います」
それから舞は下を向いて自分の指をもてあそんだ。何か考えているようだ。そして少ししてからおもむろに顔を上げると言った。
「わたし、入会したほうがいいですか?」
「いいよ、無理しなくて。自分の入りたい部に入ればいい」
「でも、わたしが入れば心霊物理学の研究もできるんじゃないですか?」
「・・・そんな心配はするな」
舞はどうやら卓巳がクビになった事情を知っているようだ。まあ、お姉さんが成海大学の学生なら知っていても不思議ではない。大学内では知れ渡っている話だ。
舞の力を借りて心霊物理学の研究を続ける。とても魅力的な話である。けれども卓巳は三年前の舞を思い出していた。怖くて震えていた舞。見えるという事と好きという事は別なのだ。無理に入会させたくない。



