墓場でデート

幽霊話日月抄

一夜目 桜の木の下で (二)

 誰もいない物理準備室で卓巳はコーヒーを飲んでいた。四月に入ったとはいえ、まだ夕方は薄暗い。それでも校庭の方からは熱心な部活動の声が聞こえてくる。
 結局、成海大学の中庭の桜の木の下には何も出なかった。それでも心霊研究会の会員たちは、これまで同様に懲りずに何度でも夜の活動を行うに違いない。時には食べ物や飲み物を持ち寄ったりして、夜なのにまるでピクニック気分だ。目的の霊が出てこなくても充分楽しんでいる。いや、今では楽しくやることの方が目的になっているのかもしれない。
 沙織や裕香たちは、さっき帰ったばかりだった。昨日、入学式があったばかりだというのに既に勧誘活動を始めたようだったが、さすがにこの時間まで校内に残っている一年生はほとんどいない。
「帰るか」
 やる事も特に無い。コーヒーを飲み干し、カップを洗って片付けると、卓巳はカバンをつかんで物理準備室のドアに向かった。部屋の電気を消すと、暗いと思っていた外にまだほんのりと明るさが残っているのがわかる。卓巳は部屋のドアを開いた。
「ふえあっ!」
 卓巳はびくりとして妙な声をあげてしまった。開けたドアのまん前に背の低い女生徒が直立していたからだ。おまけに前髪が顔の半分以上を隠している異様な雰囲気で、前髪の隙間から覗いた片目がこちらを見ていた。教室も廊下も電気が消えている暗い中で、その女生徒は幽霊にしか見えない。
「あ、あれ?君は・・・」
「お久しぶりです」
 その女生徒には見覚えがあった。三年前の夏、恐怖体験をした時に出会ったセーラー服の女子学生だ。顔は見えなくても、こんな雰囲気を持った少女はそういるものじゃない。
「なんで君がここに」
「この学校に入学しました」
「えっ?えっ?」
 事情が飲み込めない。
「ま、入ってよ」
 卓巳は再び物理準備室の電気を点けると、女生徒を中へ導きいれた。
 卓巳は三年前のあの時に気を失った事を思い出していた。目を覚ましたのはテレビ局に着いてからで、その時には女子学生はいなくなっていた。スタッフに訊ねたら長野県の子なのでとっくに降りたという。先に降りたのなら、もちろん気を失った事は知られているはずだ。実にかっこわるい。
「き、君は長野の子じゃなかったっけ?確か」
 卓巳は女生徒にコーヒーを勧めながら、疑問に思った事からきりだした。
「はい。引っ越してきました」
「親の転勤か何か?」
「いえ、こちらに姉がいるので、ひとりで。今は姉の所に住まわせてもらってます」
「ふーん。でも、なんでわざわざこっちへ?」
「えーと・・・」
 女生徒は「いただきます」と小声で言って、コーヒーを一口すすった。
 三年前はバスの中だったし余裕も無かったので気付かなかったが、明るい部屋であらためて見てみると、女生徒の茶色っぽい髪はどうやら染めたり色を落としたりしたものではなさそうだ。前髪の隙間から覗く瞳も茶色っぽく、肌は透き通るように白い。だからといって白人には見えない。もともと色素の薄い子なのだろう。ストレートの髪の毛も糸のように細くて、髪全体にボリュームが全く無い。「影が薄い」とか「存在感がない」といった言葉が頭に浮かび、卓巳はその失礼な感想に反省した。
 女生徒はコーヒーカップを置くと、ようやく言った。
「えーと、姉が成海大学の学生なんです。わたしも成海大学へ行きたくて、こちらに来ました」
「なるほど」
 なるほどとは言ったものの、納得できる答えではない。大学には長野の高校からでも受験できるのだ。けれども言いよどんだところを見ると、詳しく聞かれたくない事情があるのだろう。無理に聞き出す必要などない。
「それで?なんでこの部屋の前に立ってたの?」
「先生に挨拶と、それからあの時のお礼をと思って」
「お礼って?僕なにかしたっけ」
「かばってくれました」
「あんなの・・・。役に立ってないし」
 女生徒は大きくかぶりを振った。
「心強かったです、とても」
 女生徒はあの時、卓巳の腕の中で震えていた。その感触を卓巳は今でもはっきり覚えている。それで思い出した。
「そういえば、あの時なにが起こったの?急に霊が全部消えた気がしたけど」
「わたしにもわかりません。前の方にいた霊能者の人が何かしてくれたんじゃないでしょうか」
 そうかとも思って、マリアとかいうヘソ出し女か安田とかいうホスト風の男にテレビ局に着いてから訊こうと思ったが、さっさと帰ってしまって訊くことができなかった。
「ところで、なんでこんな時間に来たの?新入生は確か今日はオリエンテーションと健康診断だけで早めに終わってるでしょ。校内見学でもしてきた?」
「いえ・・・」
 女生徒はもじもじしながら言った。
「ここのドアをノックする勇気がなくて・・・」
「なんで。ただの物理準備室だよ」
「そうかもしれませんが、何かドキドキして。わたしのこと覚えていなかったらどうしようとか、いろいろ考えてしまって」
「あはは。忘れられないよ、あの時の事は」
「はい」
「じゃあ、何?ここの前をずっとウロウロしてたわけ?」
「・・・はい」
 前髪に隠れて表情はよくわからないが、女生徒はどうやら照れているらしい。
 時間が遅かったので、また気兼ねなく遊びにおいでと女生徒に告げて帰すことにした。帰り間際に、ひとつだけ気になっていた事を卓巳は訊ねた。
「まだ、いるの?男の子」
 卓巳は辺りをきょろきょろ見回した。
「いますよ、すぐそばに」
 そう言って、女生徒は卓巳の腰の横あたりの空間に向かって小さく手を振った。





テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ichigo10.blog116.fc2.com/tb.php/7-8a704305
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)