帰りのバスの中は静まり返っていた。エンジン音だけが重く響いている。
結局、出番があったのは中年女性と坊さんだけだった。当初の予定ではタレント達の肝試しの後、タレントと霊能者および学者による心霊スポットでの討論会を行うはずだった。討論中に何かが起こってくれれば面白いという狙いだったそうだ。何が面白いのか卓巳には全く理解できなかったが、そんな軽薄な企画にホイホイ乗った自分の愚かさを悔やんだ。
結果的には、ハプニングが起こってしまったので討論会は中止になった。米山はひとりだけ企画の継続を主張したが、中年女性と坊さんが危険だからと強く中止を主張してディレクターはそれに従った。迫力のある除霊の映像が撮れただけで充分なのだろう。
「あの坊主とおばはん、他の連中を画面に出したくないだけなんだよ」
米山が小さい声でぶつぶつ言っている。そして最後列の座席に再び座った卓巳に向かって、その前の席から話し続けた。
「自分達はいいさ。たっぷり目立ったからな。要は商売敵を目立たせたくないんだよ。だから危険だとか言いだして撮影中止にさせたんだ。だいたいな、百歩譲ってもし霊がいるとしてもだ、霊は自分達がもう祓ったんじゃないのか?優秀な霊能力者なら危険なんかいくらでも回避できるんじゃないの?そのへんが論理性に欠けてるっていうんだよ。これだからテレビに出慣れてない連中はガツガツしてて嫌なんだ」
うっとうしいと卓巳は思った。米山は自分の出番を奪われたことが気に入らないだけじゃないのか。
それにしても不思議なのは、他の三人が出番を奪われて怒っていなかった事だ。もちろんギャラは出るのだが、ホスト風の男でさえ「営業活動」と言っていたわりには収録中止をあっさり認めた。邪悪な感じはしないと女子学生は言っていたが、本当は危険だったんだろうか。
卓巳は何気なく中ほどの席の男と女に目をやった。するとホスト風の男のほうが窓の外をしきりに気にしている。そしてヘソ出し女に何か耳打ちをした。耳打ちをされた女は窓の外をちょっと見てからバスの前のほうにいるスタッフに声をかけた。
「ねえ、ADさん。道、間違えてない?」
スタッフが答える。
「いえ、あってます」
「でも来た道と違うわよ」
「こっちのほうが近道なんだそうです」
「そうなの?」
「はい」
「うん・・・でも引き返してもらえるかな」
「はっ?」
スタッフが素っ頓狂な声を出した。
「今から引き返すとだいぶ遅くなりますよ」
「構わないから引き返してもらえる?」
「なぜです?」
「こっちは危ないからよ」
「危ないって・・・まさか」
「そうそう、あなたの想像通りよ。だから引き返して」
すると中年女性が後ろを振り向きもせずスタッフに言った。
「引き返す必要ないわ。行って」
ヘソ出し女が立ち上がった。
「なに言ってんの?あんた、この異常な空気がわかんないの?」
「異常な空気」という言葉に反応して、卓巳は辺りをうかがった。そして三たび、びくりとなった。右端にいたはずの女子学生が、いつのまにか卓巳のすぐ真横に来て座っていた。女子学生はうつむいたまま、それこそ異常なほど震えていた。
「どうした?」
卓巳が女子学生の肩に手を置こうとしたとき、女子学生は小声で、しかし強い口調で言った。
「触らないでください」
卓巳は手を止めた。
「いや、そんなつもりじゃ・・・」
不思議なもので、変な気を起こしたわけでもないのに何故かうしろめたい気持ちになってうろたえてしまった。これじゃあまるで変な気があったみたいじゃないかと卓巳は苦い顔をした。
ところがそんな事には気付く様子もなく、女子学生は妙なことを言う。
「触ると怖い思いをしてしまいます」
女子学生は震え続けた。
スタッフは板挟みで困っていた。中年女性が小馬鹿にしたような口調でスタッフに言った。
「あんた、霊を祓ってやったあたしと、怖がってバスから降りてもこなかった小娘と、どっちの言うこと聞くのよ。あたしは疲れてるんだから近道でいいの」
「じょうだんじゃない。あんな平和なトンネルに何がいたっていうのよ」
ヘソ出し女は立ち上がって前に歩き出した。その時、バスが大きく揺れて女は通路脇の座席に倒れこんだ。
その揺れで女子学生も倒れかかってきて卓巳の肩を掴んでしまった。その途端だった。卓巳の視界には今まで見えなかったおぞましい光景が拡がった。バスの窓の外には数体の人のようなものが貼りついて中を覗いている。それらが霊であることは卓巳にもすぐにわかった。中には顔が半分ないようなグロテスクな者までいる。
「うわーーーっ!」
待ち望んでいた霊との遭遇だったが、怖いという感覚を通り越して卓巳は錯乱しかかっていた。
米山がびっくりして振り向いた。
「なんだ。一体、どうした」
米山には何も見えていないらしい。
女子学生は「ごめんなさい」と小さく言うと、慌てて卓巳から離れた。その途端、卓巳の視界は元に戻った。
「・・・・・・」
女子学生に触れると見えてしまうらしいことは、冷静さを失った卓巳の頭でも理解できた。
・・・続く



