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三夜目 学校の七不思議 (6)
特別棟1階のいちばん東端の突き当たりに美術室がある。そのドアの前に七不思議調査研究集会参加の面々が集まっていた。
「先生、開けて開けて」
沙織にせかされて、卓巳は美術室の鍵を開けた。
「はい、開いたぞ」
「入って、先生」
「僕が先かよ」
「そりゃ、そうでしょ。何が出るかわかんないんだから」
「怖いんだろ、柴田」
「そうよ。だから先行って」
沙織は挑発に乗らなかった。卓巳は仕方なく、そっとドアを開けて中を覗いた。
美術室の中は真っ暗だった。卓巳が懐中電灯で足元を確認しながら静かに美術室に入ると、他の面々も入ってきた。全員の懐中電灯の光が教室中に踊り、出しっぱなしのイーゼルや石膏像が見え隠れする。油絵の具の匂いが鼻をついた。
「ここにはね」
沙織が静かに話しだした。
「夜中になると石膏像が動きだすって噂があるのよ」
その途端、全員の持つ懐中電灯の光が石膏像を探して教室中を飛び交った。沙織は慌てた。
「ちょっと待って、ちょっと待って、懐中電灯ストップ」
懐中電灯の光がそれぞれ石膏像を照らしたまま止まった。
沙織はみんなの方へ振り向くと、懐中電灯であごの下から自分の顔を照らし、しかめっ面で言った。
「そんなに懐中電灯を振り回さないでよ。出る幽霊も出なくなるじゃない」
そこへ卓巳が口をはさんだ。
「そりゃ全員が持ってりゃ、そうなって当然だろ」
「じゃ、没収」
えーっという声が二、三人からもれた。卓巳は諭すように言った。
「それじゃ危ないだろ。それに去年もこんな感じだったじゃないか」
「だって先輩たち、楽しければそれでいいって感じだったんだもん。わあきゃあ言って、先生の言葉じゃないけど、ほんとにただのきもだめしみたいだった。そんなの嫌よ。ムードぶち壊しじゃない」
「なんだ。ムードが大事なのか?」
「そうよ。そういうムードのある所に霊って出てくるものでしょ」
「霊がムードを大事にするのかは知らないが、やっぱり出てはほしいんだ」
沙織の形相が変わった。下から光を当てているので怖ろしい。
「なに、それ。どういうこと?出てほしいに決まってるじゃない。この前から何か茶々ばっかり入れて、霊を信じてないんなら顧問なんか辞めちゃえばいいのよ」
「信じてないなんて、ひとことも言ってないだろ」
むしろ逆だ。
「じゃあ、なんで非協力的なのよ。冷めてるって言うより、真剣に取り組む事をまるで避けてるみたい」
卓巳はどきりとした。沙織は意外と鋭い。
「協力はちゃんとしてるじゃないか」
真剣に取り組んだりすれば、嫌でも心霊物理学への気持ちが頭をもたげてくる。噂の場所に出向いて行き、霊の出る気配が無いと見ると途端にお遊びサークルに早変わりする心霊研究会は、卓巳にとっては都合がよかったのだ。ただ茶化していればいい。
ところが、どうやら沙織は思いがけず真剣だったらしい。調子がよく悪乗りが大好きで大雑把な性格なので、遊び半分に取り組んでいるものと勝手に決め付けていた。
「とにかく、廊下を移動する時は懐中電灯を全員つけて、教室に入る時は僕と柴田以外は消すっていうのはどうだ?」
卓巳の提案は採用された。卓巳と沙織以外は懐中電灯を消し、二手に分かれて数体の石膏像を調べる事になった。
夜の美術室の石膏像はじつに気味が悪かった。だからといって動きもしなかった。
「幽霊が出るって話ならまだしも、石膏像が生きてるわけないですよ」
生意気な口を利く蔵之助に、沙織がデコピンをして言った。
「素人がわかったふうなこと言うんじゃないの。あたしは動くって言っただけで、生きてるなんて一言も言ってないわ。ポルターガイストっていう可能性もあるでしょ」
お前は玄人なのかよとツッコミを入れたくなりつつも、沙織の言うとおり石膏像が動くとしたらポルターガイスト現象の可能性が高いだろうと卓巳も思った。
ポルターガイスト現象とは、誰も触れていないのに物体が動いたり、音が鳴ったり、地震でもないのに部屋が揺れたり、誰もいないのにドアが開いたり、電化製品が動きだしたりといった、そこに在る物や部屋などに関わる現象の総称である。その現象の正体が何なのかを、物理学や心理学やマジックなど、様々な切り口から解明しようとしている研究者は少なくないが、一般的には心霊現象として知られている。それは、ドイツ語で騒がしい霊という意味のポルターガイストというネーミングからもわかる。説明の難しい現象を、人はまず人以外の者の仕業と考える傾向があるのだ。
沙織は続けた。
「美術の杉山先生によると、むかーし若くして病気で亡くなった美術の先生がいたんだって。あと美術部の山根さんが言うには、美大受験に失敗してこの教室で自殺した美術部員がいたとか。どっちが本当なのかわからないけど、まあ、そういった霊の仕業なんじゃないかな」
ありがちな話ではある。だが学校の怪談にまつわる話なんて、そんなものだろう。
「その教師だか美術部員だかは、どうやら今日はお休みらしい。次へ行ったらどうだ?」
全く動く気配の無い石膏像に、卓巳は沙織を促した。すると沙織はふてくされた。
「懐中電灯ふりまわしてドヤドヤ入るから出てこないのよ。次は静かに入ってよね」
考えてみれば、沙織は初めから真剣だった気がする。せっせと噂話を集めていたし、会長を引き継いで前の三年生たちが引退してからは、噂の検証に出かける回数が増えた。前の代では噂の場所が近いときだけ放課後にちょこっと行ってみるぐらいだったが、最近では週末に集まってまで行くようになった。普通の女子高生は週末をファッションや恋愛に費やすものじゃないのかと卓巳は思うのだが、甲子園を目指す野球部員なみに、沙織は同好会活動に青春をかけているのかもしれない。
沙織はふてくされたまま美術室を出た。他の者も沙織に続いた。

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「先生、開けて開けて」
沙織にせかされて、卓巳は美術室の鍵を開けた。
「はい、開いたぞ」
「入って、先生」
「僕が先かよ」
「そりゃ、そうでしょ。何が出るかわかんないんだから」
「怖いんだろ、柴田」
「そうよ。だから先行って」
沙織は挑発に乗らなかった。卓巳は仕方なく、そっとドアを開けて中を覗いた。
美術室の中は真っ暗だった。卓巳が懐中電灯で足元を確認しながら静かに美術室に入ると、他の面々も入ってきた。全員の懐中電灯の光が教室中に踊り、出しっぱなしのイーゼルや石膏像が見え隠れする。油絵の具の匂いが鼻をついた。
「ここにはね」
沙織が静かに話しだした。
「夜中になると石膏像が動きだすって噂があるのよ」
その途端、全員の持つ懐中電灯の光が石膏像を探して教室中を飛び交った。沙織は慌てた。
「ちょっと待って、ちょっと待って、懐中電灯ストップ」
懐中電灯の光がそれぞれ石膏像を照らしたまま止まった。
沙織はみんなの方へ振り向くと、懐中電灯であごの下から自分の顔を照らし、しかめっ面で言った。
「そんなに懐中電灯を振り回さないでよ。出る幽霊も出なくなるじゃない」
そこへ卓巳が口をはさんだ。
「そりゃ全員が持ってりゃ、そうなって当然だろ」
「じゃ、没収」
えーっという声が二、三人からもれた。卓巳は諭すように言った。
「それじゃ危ないだろ。それに去年もこんな感じだったじゃないか」
「だって先輩たち、楽しければそれでいいって感じだったんだもん。わあきゃあ言って、先生の言葉じゃないけど、ほんとにただのきもだめしみたいだった。そんなの嫌よ。ムードぶち壊しじゃない」
「なんだ。ムードが大事なのか?」
「そうよ。そういうムードのある所に霊って出てくるものでしょ」
「霊がムードを大事にするのかは知らないが、やっぱり出てはほしいんだ」
沙織の形相が変わった。下から光を当てているので怖ろしい。
「なに、それ。どういうこと?出てほしいに決まってるじゃない。この前から何か茶々ばっかり入れて、霊を信じてないんなら顧問なんか辞めちゃえばいいのよ」
「信じてないなんて、ひとことも言ってないだろ」
むしろ逆だ。
「じゃあ、なんで非協力的なのよ。冷めてるって言うより、真剣に取り組む事をまるで避けてるみたい」
卓巳はどきりとした。沙織は意外と鋭い。
「協力はちゃんとしてるじゃないか」
真剣に取り組んだりすれば、嫌でも心霊物理学への気持ちが頭をもたげてくる。噂の場所に出向いて行き、霊の出る気配が無いと見ると途端にお遊びサークルに早変わりする心霊研究会は、卓巳にとっては都合がよかったのだ。ただ茶化していればいい。
ところが、どうやら沙織は思いがけず真剣だったらしい。調子がよく悪乗りが大好きで大雑把な性格なので、遊び半分に取り組んでいるものと勝手に決め付けていた。
「とにかく、廊下を移動する時は懐中電灯を全員つけて、教室に入る時は僕と柴田以外は消すっていうのはどうだ?」
卓巳の提案は採用された。卓巳と沙織以外は懐中電灯を消し、二手に分かれて数体の石膏像を調べる事になった。
夜の美術室の石膏像はじつに気味が悪かった。だからといって動きもしなかった。
「幽霊が出るって話ならまだしも、石膏像が生きてるわけないですよ」
生意気な口を利く蔵之助に、沙織がデコピンをして言った。
「素人がわかったふうなこと言うんじゃないの。あたしは動くって言っただけで、生きてるなんて一言も言ってないわ。ポルターガイストっていう可能性もあるでしょ」
お前は玄人なのかよとツッコミを入れたくなりつつも、沙織の言うとおり石膏像が動くとしたらポルターガイスト現象の可能性が高いだろうと卓巳も思った。
ポルターガイスト現象とは、誰も触れていないのに物体が動いたり、音が鳴ったり、地震でもないのに部屋が揺れたり、誰もいないのにドアが開いたり、電化製品が動きだしたりといった、そこに在る物や部屋などに関わる現象の総称である。その現象の正体が何なのかを、物理学や心理学やマジックなど、様々な切り口から解明しようとしている研究者は少なくないが、一般的には心霊現象として知られている。それは、ドイツ語で騒がしい霊という意味のポルターガイストというネーミングからもわかる。説明の難しい現象を、人はまず人以外の者の仕業と考える傾向があるのだ。
沙織は続けた。
「美術の杉山先生によると、むかーし若くして病気で亡くなった美術の先生がいたんだって。あと美術部の山根さんが言うには、美大受験に失敗してこの教室で自殺した美術部員がいたとか。どっちが本当なのかわからないけど、まあ、そういった霊の仕業なんじゃないかな」
ありがちな話ではある。だが学校の怪談にまつわる話なんて、そんなものだろう。
「その教師だか美術部員だかは、どうやら今日はお休みらしい。次へ行ったらどうだ?」
全く動く気配の無い石膏像に、卓巳は沙織を促した。すると沙織はふてくされた。
「懐中電灯ふりまわしてドヤドヤ入るから出てこないのよ。次は静かに入ってよね」
考えてみれば、沙織は初めから真剣だった気がする。せっせと噂話を集めていたし、会長を引き継いで前の三年生たちが引退してからは、噂の検証に出かける回数が増えた。前の代では噂の場所が近いときだけ放課後にちょこっと行ってみるぐらいだったが、最近では週末に集まってまで行くようになった。普通の女子高生は週末をファッションや恋愛に費やすものじゃないのかと卓巳は思うのだが、甲子園を目指す野球部員なみに、沙織は同好会活動に青春をかけているのかもしれない。
沙織はふてくされたまま美術室を出た。他の者も沙織に続いた。
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