沙織は黒板に校内の教室の名前を書き出してから話しだした。
「今日とあしたの二日間、鎌ヶ井高校中を調査して回ります。調査の場所は、過去に鎌ヶ井高校の七不思議とされていた場所、プラス収集した噂話を元に検討して、霊の出現が有力と思われる所を絞り込んだの。それがこれです」
沙織が黒板を示した。黒板には美術室、生物室、音楽室、放送室、特別棟屋上、部室棟女子更衣室、歴史準備室、普通棟3F女子トイレ、3年8組、図書室と書かれていた。
「今日は特別棟を回ります。1階から上へ美術室、生物室、音楽室、放送室、屋上の順ね」
卓巳が口をはさんだ。
「特別棟の屋上は地学部が天体観測してるぞ」
「大丈夫よ。何してたって出る時は出るし、出ない時は出ないんだから。駄目そうなら明日また行ってもいいんだし」
いいかげんなものである。霊が出ない事を前提にした計画にしか、卓巳には思えない。おそらく、地学部が天体観測しているところへ合流したら楽しそうという動機から、特別棟の屋上を今日にしたのだろう。明日は、地学部は合宿をしない。
沙織は続けた。
「明日は部室棟の女子更衣室からです。んで普通棟1階の歴史準備室、3Fの女子トイレ、4階の3年8組、管理棟の図書室の順。行った先で電気は原則つけません。霊が逃げると困るから」
沙織にかかると霊も野生動物扱いだ。
「懐中電灯持ってきてって言っといたけど、忘れた人いる?」
美月が手を上げた。
「準備室に予備があるから、あとで渡すね。それから・・・」
沙織が話を続けようとしたところへ、警備員さんが鍵をじゃらじゃら持って入ってきた。校内中の鍵を閉めて回っている途中なのだろう。
「本日の特別ゲストに拍手ー!」
沙織にあおられて全員が拍手をすると、警備員さんは照れくさそうに入ってきた。どうやら、さっき訪ねていった沙織の頼みを、警備員さんは快く引き受けてくれたようだ。
「では警備員さんに、夜の学校での体験について話をしていただきましょう。お願いします」
沙織に言われて警備員さんは話しだした。
「多分ね、みんなが期待してるような話は無いよ。もう何年もここで仕事してるけど、何ていうか、幽霊に襲われたとか、そんな経験はしたこと無いから。僕の前任者に幽霊に追いかけまわされたって話を聞いたことはあるけど」
追いかけまわされたという話だけで充分怖い。
「僕は霊感とかないからね。夜中の見回りの時に、たまに見かけるぐらいかな。つまらない話だろ」
警備員さんは笑った。
沙織たちにとってはつまらない話ではない。間髪を入れずに沙織は質問した。
「たまに見かけるって、どこでですか?」
「決まった場所じゃないよ。よく見かけるのはコンピューター室かな」
コンピューター室は特別棟の3階の真ん中あたりにある。
「どんな幽霊なんですか?」
「どんなって、学生だよ。校内で見かける幽霊は、だいたい学生だよ。ほとんどがそんな格好してるから」
「幽霊に気付かれたりしないんですか?」
「そりゃ、こっちは堂々と見回ってるんだから、気付かれもするよ」
「どんな反応ですか?幽霊は」
「んー、色々だなぁ。消えたり、無視されたり、じっと見られたり。意味不明な事をしゃべってる場合もあるけど、怖い思いをした事はないよ」
警備員さんにとって、遭遇するだけなら怖い思いではないらしい。
「警備員さんは、どうするんですか?」
「どうもしないよ。雰囲気によっては、普通の生徒と同じように下校を促す時もあるね」
「下校を促すって?」
「早く帰りなさいって」
「怒りだしたりしないんですか?」
「君たちは言われて怒る?」
「いいえ、まさか」
「生きてたって死んでたって、生徒達の学園生活にとって警備員なんて脇役でしょ。景色の一部ぐらいにしか感じないよ、きっと」
「そんなもんかもしれませんね」
沙織は失礼きわまりない事を言ったが、警備員さんは気にしていないようだ。
「僕も定時の下校放送みたいなつもりでしか声かけてないからね。声をかけたらさっさと次へ行っちゃうしね」
「早く帰りなさいって言ったら、素直に帰るんでしょうか」
「そこまでは知らないよ。相手が生きてる生徒なら、鍵をかけに戻ると大抵は素直に帰ってくれてるよ。でも相手が幽霊なら、確認しに戻ったって意味ないでしょ」
「なるほど。じゃあ、次の質問。音楽室からピアノが聞こえてきたりするんですか?」
沙織の質問は止まりそうにない。卓巳は割り込んだ。
「柴田。おい、柴田」
夢中になっている沙織が、やっと気付いた。
「なに?先生」
「もう、そろそろ。警備員さん、お仕事中だし、ご迷惑だろ」
その言葉に、警備員さんは手をひらひらさせた。
「構いませんよ、先生」
「いや、しかし。間もなく7時になるのに残っている他の生徒がいたりしても困りますし」
「まあ、それもそうですが。じゃあ最後の話。音楽室のピアノだっけ?聞いた事はないなあ。校内放送は、たまに流れるけど」
沙織が再び食いついた。
「校内放送ですか?どんな?」
「ほんのたまーにだよ。年に一、二度あるかないか。ぜんぶ呼び出し。誰々さん、どこそこへ来てくださいっていう。高くて綺麗な女の子の声で」
「やっぱり放送室に出るって噂は本当だったんだ」
「それが、初めのころは放送室に行ってみたりしたんだけど、誰もいなかったんだよね。他に校内放送ができる所っていったら事務室と職員室だけど、そこにも誰もいない。タイマーでいたずらを仕掛けられているのかとも思ったんだけど、そうでもなさそうだし。今じゃ放送室へ確認にも行かないよ」
警備員さんは腕時計を確認した。
「もう、いいかな?」
「あ、はい。ありがとうございました」
警備員さんは出ていった。
沙織は黒板にコンピュータ室を書き加えてから言った。
「じゃあ物理準備室に戻りましょう」
手に付いたチョークの粉を沙織はパンパンとはらった。
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