待機しているバスの中にいるのは、運転手一人とテレビスタッフ一人を除いて、あとは胡散臭そうな連中ばかりである。もっとも自分もその中の一人だったと、平原卓巳は自嘲した。
卓巳たちは少人数だったが、用意されたのは中ほどにトイレまで付いている大きな観光バスだった。卓巳たちゲスト出演者を大切にしてくれているとも考えられたが、単に仮設トイレ代わりにバスを用意したとも思えてくる。時おりスタッフらしい人間が用をたしに来るからだ。
バスの最後列の左隅に陣取っていた卓巳は、窓を少し開けて外を覗き見た。わずかな風に揺られる木々の葉の音と、夜の虫の声が、外の空気と共に入り込んでくる。夏だというのにひんやりとして、標高の高さを思わせた。
聞いたこともない名の峠を越えてやってきたこの場所が長野県内だということだけはかろうじてわかっていた。全く車の通らない寂しい道で、しかも対向車が来たらすれ違う事ができるのかと心配されるほど道幅は狭い。そんな山奥の、今の季節には用のないチェーン着脱場の狭いスペースに、卓巳達のバスを含めたテレビ局や出演タレント達の車が窮屈そうに並んでいる。
卓巳の視線の先には問題のトンネルが口を開けていた。かなり古いトンネルらしく、オレンジ色のライトがヒビやシミだらけの内壁を不気味に浮かび上がらせている。その手前ではテレビスタッフ達が賑やかに撮影準備を進めていた。
テレビ局からの出演依頼があり、心霊スポットで番組収録をすると聞いたとき、卓巳は「しめた」と思った。
どんなに心霊物理学の理論を並べたところで、それを検証する機会が無い。事例や経験談の類を集められるだけ集めてみても、検証できなければ意味がない。
もちろん、いわゆる霊能者などに協力を求めた事もある。けれども科学で解明できるものではないと拒絶されたり、会話に論理性が無くて信憑性に欠けたり、高額な報酬を要求されたりで協力を得る事ができず、なかなか研究が進まないというのが実状だった。
そこへ、この仕事依頼だ。テレビ局の協力を得て検証ができるのなら願ってもないことだ。ところがそれは甘い考えだった。
収録当日になって卓巳がテレビ局に来てみると、霊能者やら僧侶やら、その方面の専門家と言われる人間が集められていた。卓巳はその中の一人にすぎなかったのだ。そして一絡げにこのバスへ乗せられて、長い時間をかけてここへ連れてこられたあげく、冷えた弁当を食いながらしばらく待機していてくれと言う。ますます仮設トイレ説に信憑性が出てくるというものだ。
間もなく収録は始まったが、卓巳たちにはまだ出番がないらしい。外では見たことのあるようなタレント達がワアキャア言いながらトンネルの中へ入っていく。
卓巳は溜息をついた。これでは何のために来たのかわからない。
そのとき、バスの前方の席にいたスーツ姿の太った男が静かに近付いてきた。この五十過ぎ位の男の顔は、どこかで見たことがある。男は卓巳のすぐ前の席に座って振り向くと、荒い鼻息で話しかけてきた。
「君、確か成海大学の平原准教授でしょ」
「はぁ・・・」
男は流れる汗をハンカチでしきりに拭っている。
卓巳は思い出した。この男は藤倉大学の米山教授で、超常現象は一切認めず、全ての現象を科学で解明できると言い切って最近テレビによく出ている人物だ。
米山は卓巳に馴れ馴れしく話しかけてくる。
「君もあれか。こういったインチキを暴きにきたのか」
「いえ、僕の場合は教授とは少し立場が違うかと・・・」
米山の場合、超常現象というものは全て普通の自然現象を見間違えているだけだと主張し、その現象を実験によって証明しようとしている。つまり「超常現象などというものは存在しない」というのが大前提なのだ。
けれども卓巳の場合は超常現象を認めていないわけではない。超常現象の体験者がいるというのは、真実はどうあれ「事実」である。それを否定したいのならば、頭から「そんなものありっこない」と言って代替の現象をこじつけるのではなく「絶対に無い」という論理的な証明をすべきだろうと卓巳は考えていた。米山はそれを怠っている。
卓巳は超常現象、特に心霊現象に対して、むしろ肯定的だった。卓巳が准教授になるきっかけとなった過去の研究においても霊体のような存在を完全に否定できない。それどころか存在しても不思議ではないという考えにどうしても辿り着いてしまう。ならばはっきりさせようというのが、卓巳が心霊物理学なるものを始めたきっかけだった。
そういった意味での「立場が違う」だったのに、米山は卓巳の言葉を違う解釈で受け取った。
「そりゃ、そうだ。君は准教授、僕は教授。世間の信用が違う。テレビの仕事でも僕のほうがずっと先輩。インチキ暴くったって、僕のようにはいかんだろ」
自慢げな米山の顔からは太っているせいか拭いても拭いても止めどなく汗が滴り落ちている。こんなに暑そうなのに米山はなぜか上着を脱がない。
米山はバスの中を見回して言った。
「でも、見ろよ。この連中」
言われて卓巳はあらためて他の人間に目を向けた。後ろからだと座席に隠れてよくは見えないが、テレビ局でバスに乗り込む前に彼らの個性的な姿は目撃している。
一番前の席にいるのはジャラジャラと魔除けのようなアクセサリーを身につけた太めの中年女性だろう。
そのすぐ後ろの席には初老の袈裟を着た坊さんが座っている。歳のわりに眼光の鋭い厳つい大男だ。
中ほどの席には、おそらく二十歳代だろう女が座っている。黒い革のミニスカートを穿いてヘソの出た全体的に肌の露出の多い格好をしていたので、卓巳はテレビ局で直視できなかった。
その隣の席には三十歳前後だろうか、派手な赤いシャツを着て、首やら指やらに金色のアクセサリーを光らせたホストのような男が座っていて、ヘソ出し女とひそひそ話をしていた。
あとは目の前の米山教授。テレビ局で見たのはそれだけだったなと、バスの最後尾まで見回して卓巳はびくりとなった。今の今まで気付かなかったが、卓巳の反対側、つまり最後列の右隅の席に少女が座っていた。セーラー服姿の女子学生だ。茶色っぽいストレートの長髪で、前髪が顔の半分以上を隠し、その隙間から覗いた片目がこちらをじっと見つめている。本物の幽霊かと見紛うほど暗い雰囲気の少女だ。テレビ局に集合したときには見た記憶がなかったので、卓巳は首を傾げた。
・・・続く



