新成海駅は成海駅の一つ手前、成海大学駅の一つ先にある。小さいが新しい駅で、駅前も開発途上の新しい街だ。ところが新しいのは駅周辺だけで、十分も歩けば古い建物も多い昔からの住宅街といった場所に出る。
「村田さんて名前よ。そこんちの慎二さん。この辺なんだけどな」
メモを見ながら沙織がキョロキョロと辺りを見回す。卓巳も裕香も舞も辺りを見回した。
会員じゃない舞が何故いるのかというと、もちろん沙織に強引に誘われたからだ。
「来たらきっと楽しいから。幽霊とかって、ちょっとは興味あるでしょ」
という沙織の言葉に、舞にとっては日常茶飯事だから興味なんて無いよと卓巳は一瞬思ったが、心霊物理学をやりたいと言っていたところをみると、もしかしたら興味はあるのかもしれないと思い直した。なにしろ沙織の誘いを卓巳は止めようとしたのに、舞は案外あっさりとついてきたのだ。
「あ、あった。村田家への案内表示」
裕香が唐突に言った。沙織がつっこむ。
「あのね。個人宅への案内表示なんて・・・」
あった。葬式などの時にその家へ導くための指差しマークのあれだ。
村田家は葬式会場になっていた。部外者の自分たちが入るのははばかられるので、ちょうど出てきた人に卓巳が訊ねると、亡くなったのは村田家の次男の慎二だという。バイク事故にあったらしい。
「ドッペルゲンガーに会うと死ぬって話、ほんとだったんだ」
沙織がまた短絡的な事を言った。
「まてまて。ただの偶然かもしれないだろ」
卓巳の言葉に沙織は膨れた。
「だからぁ、偶然とか言ったらそこで話が終わっちゃうでしょ。調べるのよ」
「調べるって何を。どうやって。本人、亡くなってるんだぞ」
「んー」
沙織は考え込んだ。
その時、村田家から喪服姿の中年女性が二人出てきた。明るく雑談しながら出てきたところを見ると義理で参列しているだけで、故人とあまり近い関係ではなさそうである。バイク事故の事を訊ねるには打って付けだった。
卓巳は声をかけて訊ねた。すると中年女性は妙な事を言った。
「それがね、普通じゃ事故なんて起きないような場所での単独事故だったらしいの。山道は山道らしいんだけど、カーブの多い場所とカーブの多い場所の間に一呼吸おくみたいにある、傾斜のほとんど無いまっすぐな道の真ん中あたりだったらしいわ」
もう一人の中年女性が付け加えた。
「警察も不思議がってたそうよ。何も無い所でいきなりガードレールに突進してるらしいの。それでけっきょく居眠り運転か、じゃなきゃ動物でも出てきて避けようとしたんじゃないかって」
中年女性がいなくなってから沙織は言った。
「その山道でドッペルゲンガーに会ったのよ、きっと」
考えられなくはないと思ったが、卓巳は沙織に訊いた。
「もしそうだとして、どうやって調べるつもりだ?」
「行くのよ。これから現場に」
「はあ?」
卓巳は素っ頓狂な声を上げ、続けて訊いた。
「どうやって?」
「車で」
「車なんかどこにある」
「レンタカーよ。先生、免許だけは持ってるって言ってたじゃない」
「ふざけるなよ」
卓巳に言われて沙織は眉間にしわを寄せた。
「なんでよ」
「これから行ったら、帰りが遅くなるだろ」
「いいじゃない、ちょっとぐらい」
「よくない。それに運転なんてごめんだね。ペーパードライバーなんだよ」
「大丈夫、大丈夫。先生ならできる」
「何を根拠に。だいいちレンタカー代だって安くない」
「うわっ。けちんぼ」
「なにをっ」
「そんなにケチだと女にモテないんだから」
「ぜんっぜん構わないね」
「なによ。先生なんてハゲちゃえ」
「なんだと」
裕香はニコニコ笑って見ていたが、舞はそこで割って入った。
「あの、現場に行っても、たぶん何もわからないと思います。痕跡については警察の見立て通りだと思いますし、ドッペルゲンガーが慎二さんを待ち伏せしていたんだとしても、目的の慎二さんはもう来たんですから今もそこで待っているとは考えにくいです」
卓巳と沙織はなるほど、と揃って大きく頷いた。
「さて。じゃあ、どうする?」
卓巳が訊くと、沙織は不服そうに言った。
「なによ、ひとごとみたいに。顧問だったらアドバイスとかくれてもいいじゃない」
「そんなこと言ったって、慎二さん本人にはもう訊けないだろ。これ以上、調べるのは無理じゃないのか」
そこで沙織は思いついて笑顔になった。
「それなら口寄せよ。口寄せで本人に訊けばいいのよ」
口寄せとは、霊媒師やイタコといった特別な能力を持つ人の身体に死んだ人を取り憑かせて会話をするという、心霊的な儀式の事である。
「いや、その発想、心霊研究会としては間違ってないけど、霊媒師とかイタコとか、その辺にはいないだろ」
言ってから卓巳は舞をちらりと見た。卓巳が何を言いたいのかすぐに察したようで、舞は「無理です」と言う代わりに、他の二人には気付かれないように小刻みに首を横に振った。
「じゃあ、ゴールデンウィークにみんなで青森へ行こ。恐山」
沙織の提案を聞いて卓巳はゾッとした。恐山は確かにイタコのメッカだが、沙織はきっとそこまでの旅費や宿泊費を卓巳に出させるつもりに違いない。
「もっと現実的に考えろよ。遠すぎるだろ」
沙織は口を尖らせた。
「先生、顧問だったら口寄せぐらい身につけといてよね」
「無茶を言うな、無茶を」
「じゃあ、どうすればいいのよ。居眠り運転でした、動物でしたなんて、結論としてはスッキリしなくて嫌よ」
「スッキリするかしないかが基準かよ」
それから卓巳は村田家の方を見て言った。
「こういう状況じゃ、故人の家族に話を聞くわけにもいかないだろ。聞ければ彼について何かわかるかもしれないけど」
「そうだけど・・・」
沙織は少し考えてから言った。
「じゃあ、2組の島田さんのお兄さんの友達に訊けばいいのよ。その後輩が村田慎二さんってことは、慎二さんの先輩なわけでしょ。ドッペルゲンガーの話も慎二さんから聞いてるみたいだし、何かわかるかも」
確かに話を聞くとしたら最も適した人物かもしれないと卓巳は思った。
「今日は無理だぞ。その先輩も葬式に参列してるかもしれないし、後日だな」
「じゃあ、明日」
そのとき裕香が口を開いた。
「ごめん、沙織。あたしは欠席で」
「なんで」
「明日は野暮用。ご容赦」
裕香が顔の前で合掌した。
「じゃあ、あさってにしよう。日曜日」
「なら空いてるけど」
「んじゃ、日曜日で決まり!先生も舞ちゃんも忘れないでよ」
卓巳はしかめっ面をした。
「こっちの都合は訊かないのかよ」
「大丈夫。空いてるから」
「なんだよ、それ」
「空いてるんでしょ」
「いや、空いてるけど・・・。でも小日向は会員じゃないぞ」
沙織は当たり前のように言った。
「大丈夫。来るから。ね、舞ちゃん」
「はい」
舞も当たり前のように頷いた。
生徒に休みの予定を決められてしまう高校教師ってどうなんだろう、と卓巳は情けなさを感じていた。



