墓場でデート

幽霊話日月抄

一夜目 桜の木の下で (十)

 卓巳は舞を連れて成海大学の中庭に来ていた。辺りはすでに薄暗くなっている。桜の花びらは絶え間なく舞い落ちて、まるで根元に掘られた穴を覆い隠そうとしているようだった。
「まだ、いる?彼女」
「いえ、いません」
「成仏したのかな」
「わかりません」
 卓巳は力なく笑った。
「君でもわからないことがあるんだな」
「それは、そうですよ。遺体と一緒に行ったのか、好きな人に見つけてもらえて成仏したのか」
 赤いと思っていた花びらの色も、こころなしか薄くなった気がした。
「警察署で彼女のお母さんに会ったんだ。お礼なんて言われちゃったよ」
「・・・・・・」
「生前、電話でよく僕の話をしていたんだそうだ。優しくしてもらってるって。お母さん、娘は幸せだったに違いないって言ってた」
「・・・・・・」
「お礼なんて・・・。僕に関わらなければ死なずに済んだかもしれないのに」
 舞は慌てて卓巳の腕を掴んだ。
「先生のせいじゃありません」
 卓巳は掴まれた腕を見つめ、それから顔を上げて桜の木の方を確認し、ぼそっと言った。
「ほんとにいなくなっちゃったんだな」
 話しかけるのは危険だと舞は言っていたが、一言ぐらい声をかけてあげればよかったと卓巳は思った。何を言っていいのかわからなかったが、せめてお別れを言いたかった。
 心配そうに見つめる舞に卓巳は言った。
「わかってるよ。自分のこと責めてるわけじゃない。なにしろ僕は彼女の事を覚えてさえいないんだからな」
 卓巳は、自分の涙が暗さのおかげで舞に気付かれていないだろうと高を括った。
 卓巳はあらためて桜の木を見た。先日の雨のせいもあり、だいぶ花は落ちてしまっている。
「桜も、じきに終わりだな」
 卓巳は宮前教授の「桜は散ったら誰も気にしなくなる」という言葉を思い出していた。
 考えてみたら、このまえ沙織や裕香と成海大学を訪れたのは一年ぶりだったのに、普通なら用も無いはずの中庭で宮前教授と会うなど確率的にもかなりの偶然である。もしかしたら宮前教授は、桜が満開になれば人が寄ってくるのではないかと心配で心配で、毎年春になるたびに毎日のようにあそこを通っていたのかもしれない。そのうえ木の下に霊が出るという噂まで立って、気が気でなかった筈だ。秋に遺体を埋めた時には、そんなに心配になるとは考えもしなかっただろう。春になって埋めた場所を後悔したに違いない。
 桜の花びらはこれが最後とばかりに、しきりに舞っている。
「桜は散ったら誰も気にしなくなる・・・か。寂しいね」
「そんなことないです。わたしは好きですよ」
 ことのほか明るい舞の声に、卓巳は不思議そうな顔で振り向いた。
「どうして?」
「桜は散ったら実が付くんです」
 舞の口元は柔らかく笑っていた。


 一夜目 桜の木の下で   終わり




テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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