すぐに卓巳は解放された。散々に卓巳の陰口が飛び交っていた学校でも、あっという間に笑い話に転換されていた。教師の中には一部ではあるが、以前は必要な事以外に話しかけてこなかったのに、今回の事をきっかけに話しかけてくるようになった者もいる。心なしか生徒に声をかけられることも多くなったようだ。卓巳も嫌な気分ではない。
卓巳が解放されてから間もなく、殺人死体遺棄事件の真犯人が逮捕された。
卓巳は犯人の名前を聞いて耳を疑った。卓巳のよく知っている人物だったからだ。成海大学物理学部の宮前教授である。
逮捕され、事件の真相を宮前教授は素直に話したらしい。
事件当時、卓巳は物理学者として注目されており、若くして准教授にもなっていたので、周り中からもてはやされていた。学生にも人気があり、女性からはモテていた。
宮前教授は、表面上は卓巳に親しげに接していたが、本当は卓巳を疎ましく思っていた。おまけに自分のお気に入りの女子学生まで卓巳を好きになり、卓巳に付きまとい、自分にも卓巳の話ばかり聞かせる。嫉妬していた。そこで卓巳の名を騙って女子学生を呼び出したという。桜の木の下を指定したのは、卓巳との思い出の場所として女子学生の話に頻繁に出てきていたからと、ほとんど人が通らないからだ。
宮前教授は当初、女子学生を殺すつもりなどなかった。ただ自分のものになればいいと思っていた。そこで、それまで特別扱いで優遇し便宜を図ってきたという恩と、言う事を聞かないと大学を辞めさせるという脅しで、女子学生を従わせようとした。男女の関係さえ結んでしまえば女子学生の心も自分になびくだろうと考えたのだ。そうなれば卓巳に対しても優越感を持つことができると思っていた。
ところが女子学生は宮前教授を拒否し、泣きながら平原先生の名を呼び続けた。あまりにも卓巳の名を呼び続けるので、宮前教授は頭に血が上り、黙らせるために首を絞めた。宮前教授が我に帰った時には、女子学生は既に事切れていた。
そして死体は桜の木の下に埋められた。
警察で詳しい話を聞いて戻ってきた卓巳が物理準備室に入ると、舞がひとりで待っていた。卓巳は椅子にどっかりと座ると、うつむいて大きく溜息をついた。
「先生。コーヒー入れましょうか」
「いや、いい」
卓巳が黙ると空気が重くなった。
しばらくして、心配そうに見つめる舞の方へ顔を上げると、卓巳は静かに言った。
「今夜、成海大学に一緒に来てくれないか」
「はい」
舞は頷きもせずに静かに答えた。



